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押川剛プロフィール

押川 剛(おしかわ たけし) 

1968年 福岡県北九州市に生まれる
1992年 専修大学中退後、トキワ警備を創業。のちに社名をトキワ精神保健
      事務所に変更
1996年 国内初の説得による『精神障害者移送サービス』を開始
2001年 『子供部屋に入れない親たち』を上梓、その後も多数の著書を執筆
2002年 薬物依存・精神疾患等の若者を対象とした更生自立支援『本気塾』
      を設立
2003年 新潮45に『東大・慶大生の闇』を発表、ジャーナリスト活動を開始
2004年 新潮45に『「ひきこもり」を謳った「強姦魔」』を発表
2006年 ジャーナリスト活動の拠点を映像分野でも開始


押川剛

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好奇心旺盛で、人間観察が趣味の少年時代を送る。
成長とともに厳格だった周囲の大人に反発するようになり、世間のレールからは大きくはずれた10代を過ごす。だが、この時期に、周囲から烙印を押された人間の生態を学び、人間観察力に磨きをかける。喧嘩も強かったが、 常に本をポケットに忍ばせているような不良であった。
大学入学時に上京するも、在学中から「自分の役割」を探し求め、23歳のときに川崎市にて会社を興し、その後、拠点を新宿に移す。
「新潟女児監禁事件」以来、「精神障害者移送サービス」が注目され、徐々にメディアからの取材が増える。
33歳で執筆活動を開始すると、各方面から取材依頼が殺到。「説得のプロ」として一躍脚光を集め、ドキュメンタリー番組も放送される。
35歳、ジャーナリストとしてのデビューを果たす。

説得のプロは炎のジャーナリストへ

06年からは、引きも切らない移送依頼や家族からの相談に応えつつも、その類稀なコミュニケーション力を駆使し、「現場主義」を貫く報道ジャーナリストとしての活動を開始。07年には日本テレビ『NEWS ZERO』にて、押川がハーレム男≠フその後を追跡した特集が放送されるなど、映像分野にも活躍のフィールドを広げる。炎のジャーナリスト、本格始動の幕開けである。

異色の経歴は鬼才をも放つが、このアウトサイダーの原点は、恩師である物理学者・唐木幸比古教授の「人・物・金 を頂点とする正三角形を描き、その真中に立つような生き方をしなさい」という教えにある。
「人間」への飽くなき探究が、押川の永遠のテーマである。

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